どうして。どうして。
 答えは出ない。でも出さないと気が済まない。
 どうして。何故なんだ。
 答えが出ないわけじゃない。本当は分かっているんだ。
 出したくないだけ。出したところで受け入れられやしない。
 だから俺は頭の片隅に鎮座するそいつをわざと無視する。

 いつも通り、何時に帰ってくるか分からないからと二人分の料理を準備していた。
 何時になっても帰ってこれるように。俺はあいつのために、あいつは俺のために。
 8時になる。9時になる。10時、11時。
 変だ。そう思って携帯を手にしたのがいけなかった。
「ごめん。俺、もうそっちには行けないから。」
 短くそう告げられて切られた。耳に残るのはあいつの声と通話が終わった事を知らせる音。
 何度もリダイヤルを押すが、繋がらない。
 電子音だけが残った。

 あの日以来、俺は元より誰一人としてあいつを見ていない。
 街中で似たような背格好の人間なら何度となく見たが、結局あいつではない。
 一時期は皆で探し回ったものだと、今となっては懐かしむくらいしかできない。
 埃が溜まっていくだけの部屋で、俺は相変わらず佇んでいた。
 涙で霞んだ視界に、見覚えのある赤。黄。
 ああ、ここにいたのか。いるのか。
 瞬きと同時に、それはなくなってしまっていた。





(ほんの一瞬だけ、貴方が見えた気がした)





H22.3.26