カランカラン
 乾いた音が、花屋の扉を開けると同時に小さな店内に響く。
「あ……え、と、こんにちは。」
 何故かそこにいる彼女は、俺を見て少し驚いてから声を掛けた。
「こんちわ。でも俺客やし、いらっしゃいませの方がええんとちゃう?」
 苦笑しながらそう言うと、困ったような顔で「そだね」と言って訂正した。
「今日は、どうしたの? 夏くんがお花屋さんなんて意外。誰かにあげるの?」
 彼女の質問は至極もっともなのだけど、俺はとても返事に困った。
(萌ちゃんにあげたいなんて、絶対言えへん……)
 曖昧な返事しかできない俺を余所に、彼女は一人で納得したように言った。
「あ、お部屋に飾るのかな。それとも玄関とか?」
「ん、うん。部屋にな、飾ろかなーって思って……」
 そっかー、と笑う彼女につられて俺も笑う。
 最近になって、ようやく見せてくれるようになった笑顔のまま彼女は花を選び始めた。
「冬だから暖かい色の方が良いかな。夏くんは黄色とピンク、好き?」
「好きやでー。な、どんなんなるか、見ててもええ?」
 笑いながら良いよ、と答える彼女は純粋に可愛いと感じた。
 棘が綺麗に取り除かれた薔薇を、優しい仕草でオアシスに刺していく。
「あのね、」彼女は作業は止めずに口を開いた。「一応バスケットには入れるけど、お家に着いたら別の容器に変えてね。」
 バスケットだと、お水が零れちゃうの。
 思うのだけど、好きな事を話している彼女はすごく楽しそうだ。
 大好きな花に囲まれて、大好きな花の手入れをして。きっと彼女はそれが一番の幸せなんだろう。
「はい、できた!! 天津乙女とプリンセスマーガレットだけでシンプルにしてみたよ。」
 黄色とピンクの薔薇が小さなバスケットに収まっている。
 天津乙女は黄色の薔薇で、プリンセスマーガレットがピンクの薔薇らしい。
「ありがとーな。大事にするわー。」
「うん、毎日少しずつオアシスにお水を含ませれば良いからね。」
 もう一度礼を言ってから、花の代金を払って店を出た。
 通りに出てから一分も経たないうちに彼女が追いかけてきた。
「あのね……これ、貰って……」
 顔を真っ赤にしながら彼女が差し出したのは、一本の赤い赤いチューリップ。
 漸く意味を理解した時には、俺は既に彼女を抱きしめていた。





(「……分かっちゃったの?」「うん。大好きやで!!」)





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