部屋の中に立ち込める甘い匂いを胸一杯に吸い込む。ふわふわと実体など持たないそれはそのまま肺に入り、身体の隅々まで甘い匂いを届けてくれる。暫く甘い空気に全てを委ねていると、一層甘い匂いが鼻先に漂った。顔を上げると、顔のよく似た双子の妹がチョコを持って立っていた。
「……何なんだよ。」
至福の時間を邪魔された腹いせに心底嫌そうな顔を向けてやる。相手もそれに応えるように眉を顰めて口を開いた。
「チョコ。余ったのもあるけど、あたし一人じゃ食べらんないし。」
残飯処理かよ。
嫌みったらしく言えば、小馬鹿にしたような声が降ってくる。
毒見でもいいけど?
学校に着いた瞬間から気付いていた。げた箱から教室まで、チョコやクッキーの甘い匂いが満ちていた。自分で言うのも何だが、モテない方ではないので、帰る頃には紙袋がいつもより一つ余分にいる程度にはお菓子を貰った。
木枯らしに吹かれながら、いつものように校門で待つ。紙袋の方にマフラーを突っ込んでいた所為で甘い匂いが移っている。すんすんとその匂いを呼吸と同時に吸い込みながら、冷え切ってしまった。指先を擦り合わせる。カイロは持っていないし、手袋は家に忘れてきてしまった。しかし、この状態で長時間待つ訳ではないので我慢する。
「萠くん、いっぱい貰ったんだね。」
急に近くで声が聞こえたのに驚きつつも、今し方聞き覚えのある声が聞こえた方へと顔をやる。そこにいたのは、俺が今か今かと待っていたやつだ。
「去年よりちょっとだけ多いかな。」
しかしまあ、見事に相手は手ぶらだ。俺の視線に気付いたのか、さも当然だというように答えられた。
「持って帰られないから全部部活中に食べた。」
「……どんくらい?」
「持って帰るのが嫌になるくらい。」
いいなあと思ったのは、こいつに対してじゃなく、こいつにチョコを渡せる女子にだ。流石に男同士でチョコの渡しあいは気色悪い。生憎、いくらこいつを好きになったからとはいえ、俺はそんな女々しい趣味は持ち合わせていない。
「あ、そうそう。はいこれ。」
ポンと手渡されたのは、高級洋菓子店のバレンタイン限定トリュフ。訝しげに相手を見やると、にっこり笑われてから言われた。
「元々は大切な人に贈り物をする行事なんだよ。男女問わず、ね。」
あ、でもね。相手は続ける。
「これは現代の意味で受け取ってね。」
Happy Valentine!!
(「萠くんからは?」「……じゃあ、あとで。」)
H22.2.14