初めて目にした日は、今でもはっきり覚えてる。
 その日は、まだ彼は俺の事を知らなかった。彼の記憶に、きっとあの日の俺はいない。
 あれは、まだ寒い春の日の事だった。

 寒いなあと重いながら、寒さをより強調させるような冷たく固い長椅子に腰を下ろして、一年生の入場を待つ。
 十分も経たない内に入場は始まった。
 まだ顔に幾分か幼さが残る子が大半を占める。もちろん、従兄弟も。
 しかし、一年生の顔なんぞ一々覚えようとは思わないので、適当に考え事をしながら流すように眺めていた。
 その中で、唯一目を惹いたのが彼だった。
 陶磁器のように透き通るような白い肌に、仄かに紅差した頬をして、薔薇色の唇は真っ白な肌によく映える。男子にしては長めの黒髪は、歩を進める度にサラサラと音を立てそうだった。
 制服の上からでも分かる細い体躯の所為で、一層女子のように見えた。
 まるで彼の周りだけ空気が違うような気がして、いつか読んだ、美の女神ヴィーナスを思い出した。
 先生に名前を呼ばれて、返事をした時の声を聞いて、本当に男子かと疑いたくなった。それ程までに高い、綺麗な澄んだ声だったから。
 退場の時に見ていたら、チラリとこちらを見られた。
 それが言い様もなく嬉しくて、彼に向かって微笑んでみたら、意外な事に笑い返してくれた。
 まだ寒い春の日だったけど。





(急に暖かくなった気がした)





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